「よぉし、じゃあ今日も一仕事してきますか!」

鼻歌交じりに仕事道具を携えて、私は姿くらましをするために部屋の真ん中に立った。
向かう先は魔法省でもなければ、ホグズミードでもなく。ダイアゴン横丁でもなければ、ホグワーツでもない。
ではどこかと言いますと、それは少し意外な場所。私の行く先は、かなり豪勢なお屋敷のとある一室。

かといって、私はそこの主人の秘書でもなければメイドでもない。
ハウスクリーニング屋でもなければ庭師でもない。

じゃあ私は一体そこで何をするか。
それは、もちろん・・・


「ふふふ、今回もお宝をざくざくと盗んでやるわよ!」


そう、私の家業は泥棒!
金持ちの魔法使いをターゲットに、貴重な魔法書や道具、高価な箒や杖を盗んでは売りさばく。
魔法省の役人に捕まったら即アズカバン行きだけど、ノクターン横丁で手に入れた数々の怪しい道具を持っていれば心配など皆無。
盗みに失敗したことなんて、これまで一度もない。

乗りに乗った私は、今回、前々から目星をつけていた屋敷に盗みに入ることにした。
それは柄にもなく私が姿くらましを失敗したときに、たまたま辿りついた場所なのだけど。
周りを見渡せば闇の魔術に関する怪しい古書や道具が多く見受けられて。
たいていの人はその光景に恐れ慄くだろうけど、私にとってはお宝の山!
これは盗みに入るしかないってものよ。

ただ一つ気がかりなのは、その屋敷の主人が誰か分からないということ。
丹念に調べても尻尾さえつかめない主の素性。
私がありとあらゆる方法を駆使しても把握できないその人物に、気味悪く思う部分はある。

が、しかし!プロの泥棒たるもの、それだけでびびってしまっては情けない。

「仕事をしているときに出くわさなければ問題ないしね。」

屋敷はあまり使われておらず、常に放っておかれている状態だ。
夜には多少人の行き来はあるようだが、日中は皆無といっていい。

ただ今お昼少し過ぎ。いい頃合だ。

「・・・・・・。」

心を落ち着かせ、頭の中にきわめて鮮明で正確な風景を思い描く。
壁一面に立てかけられた本棚はどれも隙間なく本が並べられていて、難しそうな内容のものばかり。
部屋の中に一つだけ置かれたアンティークの机は豪奢だけども品が良く、それを選んだ人物のセンスの良さを窺わせる。
他にも、綺麗な部屋にはあまり似つかわしくない闇の魔術に関する物や本が隅に置かれている。
それらの光景を寸分違えることなく脳裏に描き、私は呪文を唱えた。

バシッ

姿現し成功。
目を開けると、脳裏に描いた光景とまったく変わらない景色が眼前に映し出された。


と、思ったら。

「え゛っ!?」

ずるりと床が滑った。
いや床が滑ったのではなく、自分の足が滑ったのだ。

「あわわ、わわわ・・・!」

左右の足を急いで動かし体勢を戻そうとするが、足は滑るばかりで自分の力ではどうにもできない。
左の足が盛大に滑ったかと思うと、視界は一転、天井を映し出し後頭部に鈍い衝撃が走る。
ぐらぐらと揺れる視界には、綺麗なシャンデリアが映し出された。

あぁ、なんて高価そうなシャンデリアだろう。余裕があったら盗んでおくか。
なんて、痛みを紛らわせようと別のことを考えていたとき、くぐもった笑いが頭の先から聞こえてきたので私は体をびくつかせた。

誰か、いる。
誰もいないと思っていたはずの部屋に、人がいる。

つまり、それは仕事が失敗したということ。
盗人たるもの、他の人に姿を見られてはおしまいだ。
魔法省に連絡される前に早々と逃げなければならない。姿くらましをしなければいけない・・・のに。

「な、何なのよこれ!」

体にまとわりつくのは透明な液体。
ガムのように粘り気のある液体はもがけばもがくほど手足に絡み、体の自由を奪っていく。
動かないほうが得策と悟ったときには、すでにがんじがらめの状態になってしまっていた。

「はーなーれーろー!!!」
「・・・やれやれ。僕の部屋に侵入してくるからにはどんな魔法使いなのだろうかと楽しみにしていたのだけれど、どうやら期待はずれみたいだね。」
「だ、誰!?」
「この屋敷の主だよ、間抜けな不法侵入者さん。」

コツリとコツリと歩く音が聞こえると、視界には声の主と思われる人間の両足が映った。
正体不明の液体で体を自由に動かすことのできない私は、顔を持ち上げることができない。
そのため声の主の顔を確認することはできないが、ただ、声から察するに目前の人間は若い男らしい。あと、絶対嫌味な性格だ。

「とりあえず、話を聞こうか。インカーセラス、縛れ!あぁ、それと・・・エバネスコ、消えよ!」

男がそう呪文を唱えると、私の体はロープで何重にも縛られ、ねばねばした液体は瞬時に姿を消した。
液体が消えてもロープで縛られているので、私の体は依然として動けないまま。
しかし頭を動かすことはできる。唯一自由になった頭を持ち上げ、私は屋敷の主の姿を見た。

「はじめまして、不法侵入者さん。・・・いや、それでは失礼か。初対面のお客様にはきちんと名前で挨拶しないといけないからね・・・ねぇ、?」
「っ!?ど、どうして私の名前を!」
「君は僕の事を大層熱心に調べていてくれたようだからね。お返しに、僕も君の事を少し調べさせてもらったよ。」
「・・・・・。」

目前に立つのは、艶やかな黒髪に深淵な赤色の目を備えた端整な顔立ちの青年。
彼こそが、この屋敷の主らしい。
彼は私のひどく驚いた声を聞くと満足そうに微笑み、床に落ちている私の仕事道具を手に取った。

「・・・と、これはノクターン横丁で手に入れたものかな?ふぅん、この僕でも知らない道具をたくさん持っているようだ。」
「当然よ!それは私がコネや裏ルートで取り寄せた特注品だもの。」
「へぇ、それは驚きだ。」

軽く返事をし、屋敷の主はすんなりと仕事道具を私に返した。
といっても私は動けないから、目前に置かれただけ。
おあずけを喰らっている犬のようだねと笑われたので、思い切り睨み返す。
すると、屋敷の主はわざとらしく肩をすくめた。

「君みたいな年端も行かない魔女がすでにノクターン横丁にコネを持っているなんて、世の中も物騒になったものだ。」
「あなたに言われたくないわ、屋敷の主さん。あなただって魔法省で取り扱いを禁じられている闇の魔術に関する品ばかり集めているじゃない。」

この部屋をざっと見回すだけでも、相当な数の闇の魔術に関する品が見受けられる。
あなたも私と同じ穴の狢でしょう。
そう言うと、屋敷の主は「観察眼と度胸は優れているようだね」と好奇心を隠さない言葉を返し、私を見つめた。

「圧倒的に不利な立場にあるというのに、お高く構えている君の態度は嫌いじゃないよ。」
「ふん。どうせあなたは私を逃がすつもりはないのでしょう。だったら媚びる必要はないもの。」

魔法省に引き渡さないというのであればおべっかを使うことも厭わないが、この男は私を逃がすつもりはない。
そんなことは私の一挙一動に逐一楽しんでいるこの男の態度を見れば明らかだった。

「そうだね。この屋敷と僕の存在を知られてしまっては、君を逃がすわけにはいかない。」
「・・・・・。」
「だから、には二つの選択肢を与えよう。口封じのために僕に殺されるか、それとも死喰い人となり僕の仲間になるか。極めて明瞭かつ簡潔な選択肢だ。」
「お決まりのパターンね・・・て。し、死喰い人ですって!?あ、あなた・・・もしかして。」

私の狼狽した言葉を受け取った男は身をかがめ、恐怖で顔を引きつらせた私と目の位置を合わせた。
私の髪を優しく梳きながら、ゆっくりとあやすように喋りかける。

「僕の名前はトム・マールヴォロ・リドル。あぁ、でも今はヴォルデモートの方が世には知られているね。」
「・・・う、そ。」

男の名前を聞いた途端、ぞわ、と冷気が背中を撫でた。

『ヴォルデモート』
現在では名前を呼ぶことすら恐れられるようになっている人物が、私なんかじゃ足元にも及ばない存在が、今目の前にいる。

目前に控える青年は確かに優しく微笑んでいる。
油断すればすぐ虜にされそうなほど整った美しい顔で、極上を笑みを浮かべているけれども。
私を見つめる笑顔に潜む瞳は、常に私を値踏みしている。一瞬の隙さえ見せない。
仲間に誘うその言葉も、絶対に断ることはないという残虐なまでに合理的な謀略から出たものだろう。

彼の言葉が嘘だとは、到底思えなかった。嘘だと否定することが、無駄だとさえ思った。
彼こそ魔法省が恐れる「闇の帝王」。彼に接すれば否応なしにその事実を肯定するしかなかった。

何が闇の帝王だ魔法界の危機だと、「ヴォルデモート」という存在を甘く見ていた私が馬鹿だった。

には少し考える時間をあげるよ。・・・そうだ、手ぶらというのもかわいそうだからね。これをあげよう。」

ヴォルデモートはローブの中から古びた鍵を取り出すと、そのまま私のローブの中に入れた。

「もし僕の仲間になるというのなら、今度はこの鍵を使って屋敷の正面から入っておいで。逃げようというのなら、僕のほうから君の下へお邪魔するとしよう。」
「それって、もしかして。」
「言っただろう?君には生きるか死ぬか、その二択しかないと。」

ヴォルデモートが杖を一振りすると、体を拘束していたロープが一瞬にして消える。
だけど私は、微動することもできずただ目の前に佇む「闇の帝王」を見上げるしかなかった。
そんな情けない私を前に、ヴォルデモートはふと思い出したかのように呟く。

「あぁ、そうそう。僕が『ヴォルデモート』という名前以外に『トム・マールヴォロ・リドル』という名前を他人に、しかも初対面の人間に教えるのは珍しいことだ。」
「・・・?」

疑問符を浮かべる私に、ヴォルデモートは不敵に笑う。

「どうやら君は、僕の興味を随分と湧き起こさせてくれる存在のようだね。」

何の前触れもなく、ヴォルデモートは優雅に私の手を取り甲に軽く唇を落とした。
流れるように行われた、あまりにも自然な口付け。
ぴしりと岩のように固まった私の顔を、ヴォルデモートは深紅の瞳でにこやかな笑みと共に見上げる。

「僕のところにおいで、好奇心旺盛なそそっかしい猫。決して損はさせないから。」
「っ!」


じゃあ僕は用事があるから失礼するよ、
バシッと空気が弾けるような音が軽く響き、目の前にいた人物は跡形も泣く姿を消した。

誰もいなくなった部屋なかで私はただ一人、床にへたりこんだまま。
ローブのポケットの中に手を突っ込み、古びた鍵を取り出した。

「何なのよ、一体。」

まるで嵐のような出来事だった。
にもかかわらず、呆気なく立ち去った「闇の帝王」のせいでいまいち実感が持てない。
今までのことはただの夢だったのではないか。そう思ってしまうが、手の中に確かに存在する古びた鍵がそれを否定する。

しかし、何よりも。

「あの誘い方は反則よ!!」

心地よい熱を伴って全身に回る、手の甲に未だに残る柔らかい感触。



これこそが、否定したい現実を何よりも現実たらしめる証拠であった。





本日の戦利品
「『例のあの人』の私に対する微々たる興味」と「屋敷の鍵」

本日の損失
「私の盗人人生」







Fin.






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白亜様に捧げるリドル(ヴォル様)夢です。
リドルにヒロインのことを「猫」と呼ばせたくて、結局書いてしまいました。

白亜様のみお持ち帰り可能です。
相互リンク有難うございます。そしていつも私のヴォル様妄想に付き合ってくださり有難うございます!
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神津さまから素敵な素敵なリドルヴォルを頂きました・・・!!
リドルヴォル時代万歳!

神津さまのリドル・ヴォルは本当に素敵なのですよ・・・!
格好良くて男前で紳士で甘いのですよ。ヒロインちゃんを「猫」っていってびしっときまっちゃう程!

白亜はリドルヴォルを天性フェミニストだと思っていますので(お ま え
このリドルヴォルはもう美味しすぎます。ごちそうさまでした。

こちらこそいつも自重という言葉を忘れてしまったメールにお返事をくださりありがとうございます!

相互と共に、素敵なリドルヴォルをありがとうございました!
これからも仲良くしてやってくださいませ〜